2015年11月25日水曜日

次世代に残したい神奈川の自然

 第9回 丹沢山地


支部顧問  畑 俊一

 丹沢山地は神奈川県北西部に位置し、東西約40k m、南北約20 km、全県土のほぼ6分の1に及ぶ広大な山地である。山域の北側は山梨県道志村に接し、西は山中湖村および静岡県小山町を介して富士山の東山麓と結ばれている。山域は表丹沢、東丹沢、西丹沢および北丹沢に区分けされ、神奈川県側の大部分は丹沢大山国定公園(その中央部は特別保護区)と県立丹沢大山自然公園に指定されている。

●丹沢の魅力をどのように伝えようか? 標高1000 mを越える頂は主峰の蛭ケ岳(1673 m)を頭に50 座を数え、派生する大小の尾根が無数の急峻な流れを形作っている。ツキノワグマ(約50 頭前)をはじめ10 数種類以上の大型野生動物が生息し、鳥類(37 科158 種)も年間を通して全山域を利用している。中小型の哺乳類、爬虫類、両生類、淡水魚類、および昆類など他の動物相も豊かである。 植物相は種子植物およびシダ植物を主に1550 種が記録されており、この多様な生きものたちの重要な生息地となっている(1997 年)。

 本県では初めてのセグロカッコウも檜洞丸への夜間登山の際に記録されている(2006 年)。
● 1950 年代初めの西丹沢の姿を少しだけ振り返ってみよう。檜洞丸(1601 m)の頂はブナの巨木が優先するうっそうとした森であった。モロクボ沢の頭から甲相国境尾根を西へたどれば深いスズタケの薮。イノシシがドッドッーとすさまじい地響きを残し、唸り声をあげながら疾駆していた。菰釣山(1348 m)は見ほれるようなブナの美林。南面の沢は酒匂川の最源流であり、当時ヤマメを手掴みにできた。

●今これらのブナ林とスズタケの薮はない。ブナの枯死は1980 年頃から始まり、現在、丹沢のほぼ全域に及んでいる。丹沢山地は夏季に南西風が卓越する。ブナの枯死はこの風を受ける尾根の西~南斜面において顕著であり、大気汚染物質がその主な原因であると考えられている。

●他方、シカの個体数が1980 年代後半から全山域で増加し、その採食圧によりスズタケ他の林床植生が各所で衰退・消滅をした。こうした山地斜面では降水による表層土壌の浸食がすすみ、生態系への影響のみならず、防災林や水源林の機能の低下を招いている。
 丹沢では他に観光目的の道路やロープウェイの開設計画もあったが、多くの市民から反対の声が起こり、県の英断で中止された。

●丹沢山地の森林機能の再生は、県民の強い願望であり、行政の緊急課題である。これを踏まえて丹沢の自然再生を図る施策が県を中心に策定され、逐次実施されつつある。この成果が目に見えるようになるかは未だ予断を許さないが、なお期待をつないでおきたい。
 丹沢はこのような現況にはあるが、大都市圏に近接しながら今なお豊かな自然環境に恵まれる貴重な山域である。次世代に残したい個々の事案は枚挙にいとまがないが、その一部を記す。

・ツキノワグマ個体群が利用する広大な連続性のある夏緑広葉樹(落葉広葉林)林・クマタカの家族が共に弧を描いて飛翔する丹沢主脈(東丹沢および北丹沢)の生態系
・檜洞丸周辺の生態系(夜間登山中のコノハズクの声、夏鳥たちの暁のコーラス、冬季山頂に飛来するオオマシコの群れなど)
・クロジが繁殖している大室山の生態系
・全国で行者ケ岳周辺(表丹沢)の岩場にだけ産する特産種サガミジョウロウホトトギス
・世附川上流域、中川川上流の西丹沢源流域、玄倉川中流域および早戸川上流域の生態系

●丹沢山地がもつ本来の価値は、これら個々の要素が互いにつなぎ合って構成する、一つの大きな生態系であると言えよう。
 この希少な丹沢の価値を少しも損なうことなく、次の担い手へまた手渡していこうよ。

●参考文献『丹沢大山自然環境総合調査報告書(1997)』