2015年8月29日土曜日

次世代に残したい神奈川の自然(6)

 相模川


相模原市 秋山幸也



●神奈川県の大動脈
 全長109km、流域面積1680平方kmにおよそ120万人が生活する一級河川。それが相模川です。富士五湖の一つである山中湖を源流とし、桂川という名称で深い渓谷を刻みながら山梨県を東西に流れたのち、神奈川県内に入るとその名は相模川へと変わります。相模ダムによってせき止められた相模湖、城山ダムによってせき止められた津久井湖を経て、流れを大きく南北方向へカーブすると、川幅が急に広くなって沖積平野を流れ下る大河川の様相となります。
 県央部に入ると流れは真北から真南へと方向が整えられ、最大の支流である中津川を合流してそのまま神奈川県の中央を流下、相模湾へと注ぎます。首都圏の水瓶としてはもちろん、その存在感は「神奈川県の大動脈」と表現するにふさわしいものと言えるでしょう。ここではそんな相模川の環境の特色について、中流部にスポットを当てて見ていきましょう。

●砂漠と森が隣り合わせの環境
 川幅が広くなった中流部はさまざまな植生がモザイク状に広がり、さながら「植物群落の見本市」のようです。降水量が豊富な温帯では、植生は時間とともに構成種が置き換わり、変化していきます。これを植生遷移と呼びます。植生遷移は裸地をスタートとすると、一般的に草本から中低木林、高木林と、しだいに背の高い植物群落へと置き換わっていきます。
河原の植生がモザイク状なのは、降水などによって流れの水位が変動し、流路の変化や高水によって水に洗い流される場所、しばらく流されていない場所がまだらに配置されるために起こる現象です。
このような入り組んだ複雑な植生は多様な生物の生息場として機能します。言わば、川の中に湖や砂漠、草原、森が並立しているようなものです。こうした環境を最も効率的に利用する生物が、鳥類であると言えます。鳥類の多くはさまざまな環境を採食場、営巣場、休息場として使い分け、しかも季節によって異なる環境を利用することがあります。
たとえば猛禽類のオオタカは、河岸段丘の斜面林や、丘陵地の針葉樹林などに好んで営巣します。一方で採食は、開けた農地や草原のような環境を好みます。相模川中流域の河原はどちらの要素も隣接して存在するので、オオタカにとって良好な生息環境となります。さらに冬季は草原に加えて開水面、休息場となるまばらな樹林など、猛禽類の好む要素が広がっています。オオタカだけでなくハイタカやノスリ、チョウゲンボウなどが高い密度で生息します。

●丸石河原
 このように、相模川の中流域はさまざまな環境が入り組む複雑さにその特色があります。しかし、その中でも河原特有の環境をあげるとすれば、丸石河原です。丸石とは、上流から運ばれるうちに人の頭程度の大きさに削られ角が取れて丸くなった石です。中流部の、高水による流失と減水による堆積を繰り返した河原は、こうした丸石が瓦状に堆積し、まばらに草本が生えた状態となります。植生がより高密度の群落に遷移していく前に、再び高水に洗い流されて振り出しに戻り、丸石河原が出現します。これを退行遷移と呼びます。
 このような丸石河原こそ相模川中流部を代表する環境と言えるのですが、それを裏付ける生物がいくつかいます。鳥類ではコアジサシやイカルチドリがその代表格です。また、植物ではカワラノギクやカワラニガナ、カワラハハコがあげられます。特にカワラノギクは地球上で多摩川の中流、荒川水系中流部の支流にあたる鬼怒川とこの相模川水系にしか現存しない植物です。

 カワラノギク

 しかし、相模川はこの1世紀ほどの間に治水、利水が発達して流量がコントロールされ、上流からの土砂の供給量が少なくなりました。加えて河川敷グラウンドなどの土地利用も進み、丸石河原の面積が減少してこうした生きものは軒並み絶滅危惧種となっています。

 神奈川の大動脈である相模川は、時代とともにその環境も大きく変遷しています。最も身近であるだけに、社会の変化と無縁でいられない大自然、それが相模川と言えるでしょう。